A型作業所で働く鬱病ブロガーの毎日

自己犠牲の先にある破滅と精神的な死。生きる糧に何が必要か。

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どうも、Soranekoです。

土日はブログの更新をお休みして、ただひたすら物思いに耽っていました。

自分の精神的な回復を待ち望んでいるという状態ですが、それにはもうしばらく時間がかかるのかなと思います。

今の自分の体調は、ほぼほぼ精神的疲弊によるものだと認識することができて、その原因の一つが家庭環境にあると。

その話は、先週金曜日のスタッフとの面談で詳しく話をして、状況の改善に向けてそろそろなんとかしていかないと、自分の精神面が壊れそうだということで。

ただでさえ仕事で精神すり減らしてるのに、家に帰ってもそのダメージの蓄積は止まることがなく、回復さえしない。

そんな状態では、精神的に崩壊するのは時間の問題だし、それを全て自分が受け止めなければいけないんですから、そりゃ仕事も何もかも嫌になってしまうわ。

仕事が嫌というか、仕事に来ることが自分の逃げ道になりつつある状態が、ものすごくしんどくて。

環境の改善をしようにも、自分の力ではどうにもならないほど強固なバリアだし、ロンギヌスの槍でも貫けないほどの硬度を誇る扉を撃ち抜くには、それこそ世界を終わらせるほどの力を持って立ち向かわないと無理。

でも、今の自分にはそこまでの力はもちろんないし、息をしているだけで廃人みたいな状態にまで落ちてしまったので、そこから回復することすら困難な状況。

自分では頑張ろうと思ってはみるけど、それが無理なことくらい自分でもわかる。

精神的な部分を人に見せることを、これまでできてこなかったので、もしそれを打ち明けたとして、鼻で笑われたり、罵倒されたり、色々なことが待っていると思うと、ものすごく怖い。

自分がどこまでできるかはわからないけど、とにかく仕事には行って、無気力な状態ではあるけれど、仕事をしているという状況を作ってあげることが、今の自分には必要なんだと。

結局は自己犠牲を持ってでしか状況が好転しないことに、絶望感というか、閉塞感を感じてしまう。

なぜ自分がこんなことになる必要があるんだろう。

何も悪いことをしていないのに。

ただ頑張って仕事に行って、頑張って生きているだけなのに。

頑張ることもしていないやつが、ただひたすら怠惰を貪っているだけ。

自分がどこまでも犠牲にならないといけないんだとしたら、その存在を消し去ってしまいたいと思うことは間違っているんだろうか。

まぁ、消えてしまいたいのは自分自身なんだけども。

いなくなりたいという感情に支配されてしまって、正常な判断ができなくなってしまっている可能性があるけど、もうどうでもいいや。

自分がこの世界から消えてしまっても、世界はただ事務的に処理をするだけなんだろうから。

死にたいと思い始めて数日が経過したけど、気持ちは全然変わってくれない。

頑張ることも、自分が犠牲になることも、もうどうでもいい。

機械のように仕事をして、ただ毎日を食い潰すだけなんだとしたら、この人生に意味なんて全くない。

批判したきゃすればいいし、罵詈雑言浴びせればいい。

むしろ、そういった反応があった方が、自分の生きる糧になる可能性があるから。

ということで、今回はここで終わりにしたいと思います。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

また次回の更新でお会いしましょう。

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